Thanks to RIT for the memories you have given to me.
新津 貴子
●にいつ たかこ
京都コンピュータ学院
1994年夏,私は日本に帰国した。それから既に2年の月日が経過した。しかし,ロチェスターでの日々は決して薄れる事なく,私の体の細胞のように,一つ一つ,私と一緒に生活している,そんな気がする。
私が初めてロチェスター工科大学の煉瓦キャンパスに出会ったのは,高校生の頃だった。当時ロチェスターの郊外にある,アルビオンという小さな町のjunior(高校2年生)だった私は高校行事の一環として Rochester Institute of Technology(以下RITと略す)に大学訪問した。高校留学生として滞在予定が1年間だったので,「私には関係の無い事」と自分の中で割り切っていたような気がする。スクールバスに乗って1時間程すると大きな看板が見えた。しかし,注意深くその看板を読むこともなくキャンパスの奥へ入ると,そこには芝生が一面,そしてその中央には,煉瓦造りの大きな建物が幾つも幾つも立ち並んでいた。つい私は,バスの座席に座り直して窓に写し出されていく景色を観ていたのを覚えている。キャンパス内を案内されて,設備の一つ一つを見学していくにつれ,バスの中で感じていた割り切った気持ちがどんどんと薄れていくのを感じた。もう一度この場所に戻ってきたいと感じたのは錯覚ではなかった。
インテリアデザイン(space planning)に興味を持っていた私は,高校のカウンセラーから「RITはグラフィックデザイン・写真工学・印刷工学の分野において,全米でもトップをいく程の大学,デザインを勉強するならRIT」と聞かされ,是非その大学に進学したいと,両親に反対される事を覚悟しながら話すと,私の両親は即答で了解してくれた。これほど,理解のある両親を持てた事を心から感謝したい。
大学訪問の半年後には帰国するはずだった私が,2年後に再び同じRITの煉瓦のキャンパスの中に立っていた。今度はRITの一学生として,あのキャンパスとドミトリーの間の“quarter mile”(1マイルの4分の1程の長い距離なので,学生にそう呼ばれていたキャンパス内の歩道)を分厚い教科書を何冊もバックパックに背負って歩いていた。