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情報技術と組織学習
反応型組織力学:組織学習手法に基づく技術管理

コロンビア大学教授
(生涯教育学部,教育大学院)
アーサー M. ランガー 博士


   皆さん,こんにちは。本日はこの様な機会をいただき,とても光栄に存じます。また,私がこれまで取り組んできた研究について皆様 にお話できますことを嬉しく思っております。 先ほど,KCGがこれまでのどのように発展してこられたのかの説明を受け,大変感銘を受けました。
   
   本講演のテーマは,情報技術と組織学習です。皆さんの中には,組織学習と情報技術との間に一体どのような関係があるのか,またど うしてそれが重要なのかについて, 不思議に思ってらっしゃる方もいらっしゃると思います。ITの発展という点からみて,我々の生活だけではなく企業においても, この組織学習は最も重要は要素の一つだといえます。
   
   ここで,皆さんには技術教育ということから少し離れて,組織における究極のテクノロジー(IT)とは何かというトピックについて少 し考えてもらいたいと思います。 本講演を聞いて,ITが一体組織や経営に対してどのような影響を与えているのか,またどのように世界を変えていくのかについて, 皆さんに理解を深めていただけたら幸いです。
   
   ここで反応型の組織力学という理論をご紹介します。これは,私が携わってきた多くのグローバル企業で実践されてきた理論ですが, 実際には組織学習を活用したITマネージメントに焦点を置いており,ある組織の中における行動変化として定義することができます。 まず,現代社会で実際に起こっているIT変化とはどのようなものなのかについて考察したいと思います。「ITというのは, ビジネスにおける全く新しい次元を提供するものであり,これは,企業のあらゆる業務に対し影響を与えている。」これは, 私の著書『情報技術と組織学習』からの一節です。 「企業のあらゆる業務に対し影響を与える」というのは,ITが企業内活動のあらゆる側面や人々の行動様式に影響を与えるということを意味します。 これ以前に起こった一番新しい動きとしては,産業革命が挙げられます。産業革命は人間社会のあらゆるところに影響を与えました。 産業革命の影響を受けなかったビジネス,家庭,教育は存在しませんでした。今日,同じことがITによってもたらされているのです。 つまり,ITは一つの革命を起こしているのです。我々は,ITを単なる技術的な発明であるとか, 新しいことができる道具とかいう側面から見るのではなく,ITを導入することで,企業にどのような影響を与えるかについて考え, ITをもっと動的な視点から見る必要があります。私は,これをテクノロジカル・ダイナミズム(技術主導の力学)と呼んでいます。 この興味深いトピックについて,更に詳しくお話したいと思います。
   
   ITを変数としてみた場合,以下の三つの点を重要項目として挙げることができます。企業で,ビジネスで,教育で, そして自宅でインターネットをする場合も,これら三つの概念により支えられているのです。
    その一つは,技術的な加速が急激に進むことでもたらされる組織変化・改革についてです。 教育現場における例を一つ挙げると,10年前であれば,もし学生が教授と個別に話をしたい場合,普通は何日か前にアポイントメントを取り, それから初めて話をすることができました。3週間前,コロンビア大学の学生に試験を行いました。試験前夜, 8人の学生からEメールで試験内容についての様々な問合せを受けました。Eメールという技術革新によって, 私の教育者としての仕事のやり方も変わりました。私は,以前にもまして学生に対し敏速に対応しなければならなくなったのです。 仮に,殺到したEメールに対して返事を送らなければどうなるでしょう。学生は私を有能な教師として見てくれないでしょう。
    第二に,権限を与えられた個人やグループ間で起こる動的な相互作用についてです。我々は変化が起こる理由も, またその時期についても分かりませんが,個人レベル,そして組織レベルで,それらにすばやく対応できるための準備をしておかなければならないのです 。 つまり,変化は加速しているということ以外に,ダイナミックに変化しているということも忘れてはなりません。
    第三に,様々な技術導入による結果は,予測できないという点です。もし,あなたが技術者であるならば, 予想不可能という言葉ではなく,むしろ不確実性という言葉を好まれるかもしれません。例えば, アップルコンピュータ社の創立者であるSteve Jobsは,マッキントッシュを「デスクトップコンピュータ」として認識していたでしょうか。 彼は,そのような概念を持ち合わせていなかったでしょう。それは結果的にそうなったに過ぎません。このように予測不可能, あるいは不確実性という状況を,一言で言い換えるなら,「リスク」という言葉がぴったりでしょう。現代社会において, 組織の中で皆さんはこれら変化の加速に常に反応していかなければならないのです。実際に,結果が分からなくても, リスクを負わなければならないケースはたくさんあります。新しいソフトウェアを作ったり,ハードウエアを開発したり, その一つ一つが加速の要因となっているのです。
   
    反応型組織理論(ROD:Responsive Organizational Dynamism)は, このような課題に対する一連の統合化作業と対応処置で支えられています。このような技術の動的側面や現状に反応できなければ, その企業は生き残ることができません。つまり,五カ年計画なんてやめたほうがいいのです。毎朝, 会社に着いた途端に何が起こるかわからないのですから,企業はより早く反応できるような体制を整えなければならないのです。 社長や,財務担当の副社長,CIO,IT担当の重役にしても,実を言うとこの構造についてよく理解していないのが現状です。 これは逆に,皆さんのような若い世代が,組織や企業のIT革命をリードする新しいリーダーになれるということも意味しています。
    ここで,皆さんにガイドラインを示したいと思います。RODは, 戦略的な技術の統合化(strategic integration)と異文化同化(cultural assimilation)という2つの重要な要素により成り立っています。 戦略的統合化とは,新しいITが,企業経営に与える戦略的影響力について検討するプロセスのことです。どうして我々はITを必要としているのでしょうか 。 ITには,何か戦略的価値を高めるような要素が無ければなりません。ITがもたらすビジネスにおける競争力強化とは具体的には何なのでしょうか。 新しい市場の開拓を誘発するのでしょうか。あるいは,サービスの質が向上するのでしょうか。
   
    例えば,結論を出すのに1,2週間もかかるような議論は無意味です。まさに今,結論が求められているのですから。 現代のビジネスで,数日間遅れるということは,市場におけるチャンスを逸するということを意味するからです。これが加速ということです。 一方,異文化同化とは,企業や組織の中でIT部門,IT関連の人々が,他の部門と同化していくプロセスのことを示します。 技術を実際に役に立つことに使うのと,単に技術を企業に導入して,それを作動させるということは,全く別の話です。
   
    例えば,あなたが自分の会社に新しい技術を導入したとします。それにより,新しい業務や役割が発生します。 ITは,既存の仕事を減らしましたが,新しい仕事も生み出したのです。では,いつ異文化間の同化を実行しなければならないのでしょうか。 それは,まさに今です!今日,もしこの戦略的な技術の統合と異文化の同化の二つがうまく実践されていない企業があるとすれば, その企業は成功しているとは言えません。戦略があっても,技術がうまく導入できなければなんの意味もないのです。 あるいは技術がうまく導入できても,戦略がきちんとしていなければなんの役に立たないのです。
   
    私が3年間かけて様々な有名大手企業のトップクラスの重役40名にインタビューし,調査, 研究した結果をお話ししたいと思います。まず,企業における従来型のITの利用は一貫性のあるものではなく, 戦略的業務とうまく連動されていませんでした。経営者達は,ITをいかに管理するべきか,実際のところよく理解していないということがわかりました。 また,企業内の様々な部局レベル,あるいは個人レベルでも,IT利用に関しては,ばらばらで意見がまとまっていないことがわかりました。 テクノロジーをうまく利用し,ビジネスで実践する方法もはっきりしていないのです。
   
    例えば,弁護士や医者,または会計士などには資格が必要です。資格によって,技術が守られているのです。 しかし,ITの場合には,そのようなライセンスや資格は存在しません。では,ITの業界において,そのスタンダードとは一体何でしょうか。 マイクロソフト社が様々な技術を開発し,それがスタンダードになっているのは,ITをリードしているからであり, それら技術・商品が必ずしもベストであるというわけではありません。戦略的統合と異文化間同化という二つの要素についてお話しました。 私の研究によると,我々は変化を求めますが,それには一貫性がなく,企業内の部局も統合されていないので, その実践方法や成功例もよく理解されていません。では,どうすれば良いのでしょうか。何か方法はあるのでしょうか。 その方法についてお話します。まず,ITは,組織にうまく統合化されなければなりません。そして, 組織の文化も進化させなければならないわけですが,そのために,IT部門の従業員は学習し,行動様式を変化させなければなりません。 人間の行動というものは,技術を導入したからといって,すぐに変わるものではありません。様々なものを観察し, 比較し,また技術を導入したり,それらを同化させたりといった学習を通じて変化するのです。
   
    SAPという非常に有名なソフトを例に考えてみましょう。SAPは製造業者のための経営管理ソフトで, 非常に機能的ですが,導入した企業の約50%で運用に失敗しています。製品・技術に問題があるからではなく, それが戦略的に運用されていないから失敗するのです。利用者である我々が,それを統合的に扱えず, また行動パターンをそれに合わせて変えることができないからなのです。実際に,変化や同化を実行する際のキーとなるのは, 中間管理職です。これら管理職に,IT化のプロジェクトに参加してもらわなければ,ITの導入というのは成功しないでしょう。 ビジネスは変化を加速させます。ITを導入して,始めと終わりの二つを考え,結論を導き出すのが,企業に変化の風を入れる一番有効な方法です。 倉庫で商品を管理・発送している従業員は,このようなIT構想に興味を示さないでしょう。しかし, ITがどれだけ役に立つかということを伝えれば, 彼らにもきっと理解してもらえるでしょう。試行錯誤であっても,結果は必ず出るでしょう。しかし,それをいかに素早く実行できるかが重要なのです。
   
   統合化を促進するための効果的な方法として,「反射」という概念を紹介します。これは,鏡を見て, 「これは間違ったやり方ではないのか。もっと良い方法があるかもしれない」と自分に問いかける(反射させる)ことに由来します。 一体,どのようにすれば結果を早く導き出せるのか。変化促進のために何をすればよいのか。これらの共通点は何なのか。 ITがこれを解決してくれるのです。ITは数量的な結果を提供してくれます。それが効果的だったのか,効果的でなかったのか, より早く注文をとれたのか,そうでなかったのかが明らかになります。ITの価値を図ることができるのです。しかしながら, ITに定番の最良実施例はありません。我々は,会社がITを活用できるよう努力する必要があります。そして,プロジェクトが成功したとしても, 失敗したとしても,これら二つの要素を合わせることで,革新的技術からどのような変化が生み出されたのかを,我々は明白に知ることができます。 以前ですと,IT部門の管理者は,自分達が好きなプロジェクトをやっていればよかったわけですが, 今はIT部門をその企業の他部署と統合化できなければなりません。ITをどうやって統合化させるかが,現代の非常に重要な課題になっています。
   
    ITの導入を成功させるには,次の4つのことをきちんと実践していなければなりません。ITを組織の運営, 企業の経営というものに統合化しなければならないわけですが,その場合のやり方について, 方法論というものをきちんと固めてしまうのは良くありません。なぜなら,企業は独自の文化を持っており,環境によってその特徴も様々ですから, 導入する際にその企業にあった独自のものを生み出さなければならないからです。ITは,企業内における日常業務に組み込まなければなりません。 日常的にITを皆が活用できるようにしなければならないのです。経営者たちは,IT化のために様々な投資をしますが, それは戦略的に役に立ち,競争力強化につながるものでなければなりません。戦略的に意味のないものであれば, 一体何のためにITを導入するのか分からなくなってしまいます。極端に言いますと,変化があるということが正常な状態であると認識してください。 様々な調査研究の結果,企業というのは一般的に,組織を変えるとか改革をするということに対して非常に抵抗するということがわかっています。 我々の課題は,変化を好まない組織体が,その一方で,加速的に変化する技術に対し,いかにダイナミックに反応できるかです。 このように予測不可能であり,リスクを伴うものを,どれだけの企業が望んでいるでしょうか。我々はどんな時でも, 変化に対して常に準備万端でなければならないのです。
   

   
    本講演の前半は,様々な問題提起をしました。後半は,この問題をどう解決するかについてお話したいと思います。 ITには,二つの本質的要素があります。一つことだけを考えていても,決してうまく機能しないのです。 ある大会社の経営者達がITを一元的のものとして考えているのを知り,私はこのことに気づいたのです。
   
    あなたは「ドライバー」でしょうか。それとも「サポーター」でしょうか。皆さんには, ITを二つの側面から考えていただきたいと思います。あなたが「ドライバー」なのか「サポーター」なのかで,ITを活用する際に, とても大きな違いに直面するでしょう。最近の私の研究で言えることは,企業のCEOや最高財務責任者が, この「ドライバーとサポーター」の概念を理解していれば,ITをうまく運用できるということです。企業において, 各構成員はドライバー(牽引機能)であろうがサポーター(サポート機能)であろうが,企業の目的達成に貢献しているといえます。 今日は,自分が「ドライバー」なのか「サポーター」なのか考えてみる,いいチャンスです。どちらが優れているわけでもありません。 自分自身で,自分の役割を理解しているということが重要なのです。
   
    まず,「ドライバー:牽引機能」について考えてみましょう。牽引型部門というのは,企業の収益を創出する, 企業の最前線で活躍する部門です。もし,あなたがこの牽引型部門に属しているならば,あなたは非常に果敢で勇敢でなければなりません。 なぜなら,よりリスクの高いプロジェクトに挑戦し,収益を生み出すのがあなたの仕事だからです。皆さんの中にも, マーケティングという仕事に関わったことがある方がいらっしゃると思います。あなたは一体,それでいくら収益をあげられたでしょうか。 損害はありましたか。完璧な結果を残すことはできましたか?一方,技術・IT担当の人たちは,自分達の業務が, 会社の利益にどのように関わっているかについて考えているでしょうか。IT部門が,すぐに収益に結びつくと考えるのは無理があります。 必ずしも,全てのIT部門が収益をあげられるわけではない事を我々は知っています。では,ITは,ドライバーとして機能することができるのでしょうか。 物の売り手と買い手の関係を市場と定義します。ITが企業に実際に収益性を持たせる道具だと考えずに,買い手と売り手の関係を変えるものが, ITだと考えてみましょう。会社は,売り手であるわけですから,何か新しいEメールのシステムを使って,買い手とやりとりをしたとしたら, それは二者の間に変化を生じさせるものであるはずです。顧客が何ら利益を得られないのであれば,そのシステムを導入する意味はないのです。 もし,あなたが最新で最高のITを導入する場合,社長にそのITがいかに優れているのかを説明するのではなく,そのITの導入で, 顧客との関係がどう改善されるかということを強調するべきです。これが出来なければ,IT担当者としてのあなたは失格です。 ドライバーに対する概念として,サポーターという概念を理解していなければ,あなたがドライバーであるかそうでないのかを議論する価値はないでしょ う。
   
   サポート型の部門というのは,企業の収益に直接関係しませんが,最前線の企業活動を行っている牽引部門を支えています。 サポート型の部門は,業務活動の効率性,有効性,またそれをいかに安いコストで行うかという点で評価されます。ほとんどの企業のトップは, IT部門をサポート部門として見ており,コストが一番かかると考えています。新しいIT技術を導入しても,どういう結果になるかは分かりません。 リスクを背負うことになるわけですが,90日後に,そのシステムをやめてしまわなければならなくなることもあるのです。Dana Deazyという, Siemensという会社のCIOの話ですが,そこでは,90日単位でIT化のプロジェクトを見直していました。場合によっては,プロジェクトを中止したり, 変更したりしなければなりませんでしたので,完璧な結果を残すことは出来ませんでした。大企業でこのような事は不可能だと思われるでしょう。 しかし,Siemensは,45万人の従業員,そして139の会社でなりたっています。つまり,139人のCIOが存在するということです。 そのSiemensが数年前に考えたことですが,世界のマーケットで競争力をつけるために必要不可欠な要素とは,ITについて理解しているトップの人間と, ITが企業活動全体にもたらす利点について理解しているサポーターの二つです。サポーター(IT技術)というのは,水や電気と同じく, 生活必需品です。もしあなたがプログラマーだったとしたら,このサポートをするのがあなたの仕事であり,ITを使って出来ること, つまりプログラミング技術が,あなたの能力として評価されます。ですが,あなたも企業の収益を直接あげることができる, すなわち牽引力を高める能力があるとしたら,ITが企業に与える影響力や新しいIT革新をも視野にいれることができ, もっと話はおもしろくなっていくでしょう。ドライバーは,単なる生活必需品ではないからです。ITは, ドライバー(牽引型機能)とサポーター(サポート機能)のどちらでしょうか。答えは両方ともYESです。 これが,ITの扱い方を難しくしている理由なのです。
   
    さらに話を進めましょう。ITプロジェクトをスタートさせる時は,必ずドライバー(牽引型)でなければなりません。 そして,徐々にサポート機能が充実してくる,という流れになります。これをITプロジェクトのライフサイクルと呼びましょう。 新しいIT技術が開発されても,それを導入したからといって,顧客との関係が何も変化しないのであれば,そのIT技術を導入する必要は全くありません。 一方,ITを牽引型機能として出発させれば,それは徐々に競争力のある技術として変化し,最終的にはそれが生活必需品になるのです。 最初IT化というのは牽引型機能として企業に取り入れられます。リスクもありますし,どのような変化や結果を招くのかはわかりませんが, 次第にサポート機能へと変化していきます。それはもはや競争力とは関係がなくなり,最終的には規模の経済や効率化ということが重要になるのです。
   
    二つ例を見てみましょう。仮に,10年前に皆さんがコロンビア大学に私を訪ねたとします。私から, 「Eメールを使っているよ」と聞いたあなたは,「進んでいますね」と言ったでしょう。今同じことを言うと,「一体それがどうした, 皆やっていることじゃないか」と思うでしょう。競争上の優位性という視点から見ると,事業を続けるためには, いつも何か新しいもので顧客の注意を引くことが期待されているのです。二つ目の例です。 The Leading Hotels of the Worldsとい国際的企業がありますが,この会社は裕福な人々に,様々な高級娯楽施設を提供しています。 8年前,人々は,どこか高級リゾートに行きたいと思ったら,電話をかけて予約していました。5年前になりますと,今度は企業側が, 自動予約システム(automatic reservation system)を導入しました。これがITの牽引型機能であり,この企業を競争上優位に立たせました。 現在では,どのホテルでもこの自動予約システムを持っており,このシステムはもはや牽引型ではなくなり,サポート型になっています。 The Leading Hotels of the Worldsは,自社の自動予約システムを外部に委託し,コストを下げることができる様になりました。つまりITは, 牽引型(ビジネス戦略を促進する)であるのと同時に,同時にサポート型でもあるわけです。ですが, この両方の機能について根本的なところを理解している人は,非常に少ないのです。この図にありますように,IT化は最初牽引力として導入されます。 Siemensの例で見たように,我々はある時点でITを評価します。それが成功するのか,最初は予想もつきません。 ですから,リスクを負うことは避けられないのです。それが,ある一定の期間ごとに,強化されることで,繰り返し変化し, だんだんと発展してくわけです。つまり,ある時点で,牽引型だったものが,サポート型機能になると,競争力とは関係がなくなり, スケールメリットを追求するようになるのです。そうなると,システムを入れ替えたり,アウトソーシングしたり出来るようになります。 ところが,牽引型のIT機能というのは,アウトソーシングするわけにはいきません。これは経済の他の分野でも言われておりますが, これをSカーブの規則と呼んでいます。新しい手法が導入されると,次第に企業の業績は増加します。しばらくすると,その勢いが衰え, 次第に減少傾向に転じていきます。この停滞状態が,サポート型機能となったことを示しています。牽引型として入ってきたITプロジェクトは, いずれにしてもサポート型にもなるわけですが,今度はそれをまた強化して牽引型の機能に変化させることが可能な例もあります。 最初のホテル業界の予約システムの場合,実際にそのシステムを使った予約者数を見ることができますので, 新システムの導入と収益の増加を関連付けることができます。
   
    次に,準直接的効果について紹介します。例えば,株式売買に関する業界ですと,ITを導入したからといって, それが直接的に収益にどれだけ関係しているか特定するのは非常に困難です。部分的には収益増加に効果があるとしても, まだ電話を使って株式の売買をしている人々もいます。ITの準直接的効果を期待しながら,我々はITを利用しているのです。 非直接的な方法は,あまり浸透していません。企業のIT部門の活躍というのは,直接その企業の収益には関係していません。ですが, それが実際役に立っていないというわけではありません。例えば,顧客サービスとしてのヘルプラインですが, これは利益増加に直接関係があるのでしょうか。そうではありません。ですが,このヘルプラインを導入することで, 顧客との関係は確実に変わっているわけですから,そういう意味で効果があるのは明白です。最後の例ですが, 効果が無いという場合もあります。会社で,従業員の机にデスクトップコンピュータを配置したり,学校に教壇やプロジェクターを設置する場合, これは牽引型かサポート型か見極めることに時間をさいたり,これが果たしてどれだけ企業の収益に関係あるか考えたりするのは, 無駄な時間です。ただし,これが無ければ業務が行えません。ですから,これら業務の為の必要経費は出来るだけ安く抑えるのです。
   

   
    本日,私は最初に問題を提起し,次に問題の解決方法を提示したわけですが, 最後にこれを実行するにはどうすれば良いのかについてお話ししたいと思います。
   
    統合化というのが,最重要項目です。 IT化された業務と非IT化業務というのは,シームレスに遂行され, その境目がわからないような関係でなければならないと私は考えます。我々は,IT化の問題について,ITスペシャリストであるなしに関わらず, 企業の管理・運営の強化に貢献しなければなりません。IT専門家でない者が,実際どれだけITについて知っているかが,非常に重要です。 なぜなら,彼らは専門家とは違った視点で,ITを考えているからです。同じ様に, IT専門家はビジネスや経営について驚くべき知識を持っていることがあります。皆さんは,これからITの専門家になるわけですが, ITの専門知識だけで,その他のことを無視するというわけにはいきません。
   
    そこで,ITとは一体何なのか,もう一度考えてみたいと思います。ITは,変革の媒介物としての役割を持っています。 ITを通じて,ダイナミックな変化や予測不能な状況に対応できない,また組織変革ができないような企業は,存在できなくなります。まとめますと, 技術の加速化,企業環境のダイナミックな変化,予測不可能性の三つの要素が,企業が継続的に改革を行う必要性をより高めているのです。 一般的に,企業は変革を好みません。しかし,ITは企業自身に変革し,企業風土を発展させることを要求します。 私はそれができる企業をchange-ready(変化に対していつも準備ができている)企業と呼びたいと思います。企業はどうすれば生き残れるのでしょうか。 企業は,IT化への取り組み方法,また企業の利益増大方法について考えることで, 現在の業務体系の弱点を克服しなければなりません。これができない企業は,成功できないでしょう。 IT革新によってもたらされる加速的な変化に対処し,それらを組織へ統合, また改革していくサイクルを実現できるような企業内メカニズムを準備しなければなりません。50%のSAPユーザーが実際成功していないということは, SAPではこれが実現できないということです。SAPは,ただのソフトウェアであり,このメカニズムを提供してくれる訳ではないからです。
   
   
    本講演では,「時間があれば,こういうことができるはずだ」という可能性についてではなく, 「これをしなければ企業は生き残れない」という我々が実際に直面している問題について焦点を当て,見てまいりました。 ITを導入することにより,企業内のコミュニケーションが円滑になり,部門間のギャップも解消されなければなりません。Siemensのように, IT関連の投資の動向を観察しなければなりません。そして,プログラマーから,ネットワーク技術者,IT管理者まで,企業全体が戦略的に機能し, 実行していく体制が整っていなければなりません。これは,IT専門家だけでできるものではなく,これを実行するためには, 経営者が進んで教育を受ける必要があります。経営者は,IT系と非IT系の部門を統合化しなければなりません。そのために, 組織のあらゆるレベルの社員を育成するということが重要になってきます。 全ての社員がドライバー(牽引型)とサポーター(サポート型)という概念について,またそのライフサイクルについて理解し, 会社の発展に寄与するという体制をとらなければなりません。そこで私が申しあげたいのはこういうことです。企業として, 非常に最先端のITを導入した企業になる必要はありません。最先端のITではなくて,成熟したITをものにした企業になってほしいと思います。 成熟ということと,最先端ということは全く違うものです。成熟した企業では,ITが戦略的に価値のあるものとして評価されています。 ITの戦略的統合は,企業にITを同化する能力によって評価されなければなりません。ITを企業風土に同化するとき, そこには全社員が含まれていなければなりません。最後に,企業は加速的な圧力,ダイナミックに変化する消費者・顧客行動, そしてITの非予測性に対していつでも対処できなければなりません。
   
    本日は,皆さんのようなすばらしい観衆の前でお話する機会をいただき,感謝しております。ご静聴, ありがとうございました。
   

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Revised: Aug. 31, 2005
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