- 地球サイズの情報文化創造へ
本学院は,1963年に創立された日本で最初の民間コンピュータ教育機関である。当時はまだコンピュータ幕開けの時代であったが,来るべき情報化社会の繁栄を予見し,その繁栄の基盤は大量の技術者の養成にあると考え,全国に先駆けて,情報教育をスタートさせたのであった。以来40年間,教育を通じてコンピュータ文化の創造に関わってきたのであるが,1989年,この創立の主旨を,いまだ近代情報化社会には程遠い国々へ適用し,発展途上国および東欧圏に対し,学院保有の使用済み8ビットパソコン2000台を利用したコンピュータ教育支援活動を企画した。
1990年から1995年にわたり,タイ,ガーナ,ポーランド,ケニア,ジンバブエ,ペルーの6ヵ国に対する支援活動を実施し,予想以上の多大な成果を上げた。その後,コンピュータの急速な進歩のため,16ビット,32ビットパソコン約1000台を支援用に追加した。1996年よりスリランカ,1997年よりブルネイ,1998年にはマラウイに対して支援活動を開始した。さらに,1996年よりタイ,ガーナに,1998年にはケニア,スリランカに対して第2次支援を実施した。2002年にはスリランカ第3次支援,モンゴル第1次支援を実施した。また,中国に対しては,1996年より天津・西安・北京における三大学との姉妹校提携の下に,技術支援が進行している。
本学院による国際コンピュータ教育振興事業が,京都を日本情報文化発信の地として,文化の伝播という大きな役割を担いつつ,地球サイズの情報文化創造へと発展していくことに,本学院は大いなる意義と喜びを見いだしている。
- プロジェクトの具体的な展開
第1次プロジェクト
@支援対象国教育省または科学技術省に,一般情報教育用として,数百台のパソコンを寄贈する。
A教育省/科学技術省はこのパソコンを管理し,パソコン設置校を広範囲にわたって15〜20校選定し,学生,一般人を対象にコンピュータ教育を実施する。
Bこの教育を担当する現地教員の養成と指導は,本学院が行う。
第2次プロジェクトは,各国政府教育省と本学院との共同事業として,各国の国情にあった形で展開される。
なお,中国,ブルネイ,ナイジェリアに対しては,現地大学,現地研修センターとの特別な提携に基づいて,支援が実施されている。
以下,各国別に,本学院の支援状況の概略を述べる。
- タイ王国への支援
このプロジェクトを開始するにあたり,まずテストケースとして,1989年秋,タイの大学生2名を本学院へ招き,2週間のコンピュータ教育を実施した。その結果を通して,現地技術指導のノウハウを確立した。
1990年6月,パソコン351台をタイ教育省に寄贈し,7月,第1回バンコック講習会を開催した。さらに10月,現地教員一行を本学院へ招き,第2回技術研修会を実施した。現在,寄贈パソコン351台はタイ全土にわたる教育機関22ヵ所で稼動し,本学院が指導した現地教員により,年間3600人の受講者への教育が実施されている。
タイ教育省より,学院の協力によってタイ全土にわたる情報教育のレールが敷かれたことに対し,「これまでこういった国際協力は皆無であった」と多大の謝辞が贈られてきた。
1992年2月,タイ,ガーナ,ポーランド3ヵ国合同研修会にタイ教員6名を招き,第3回講習会を実施した。1993年11月,本学院のタイ国に対する貢献に対し,タイ教育省より教育賞が贈られた。
タイにおけるコンピュータ技術教育は,タイ政府予算も増大し,順調に進展している。
日本外務省JICAとタイ政府の要請を受けて,1994年11月より,本学院でタイのコンピュータ技術者達の6ヵ月研修を実施した。さらに1996年3月,本学院教員をJICA専門家としてマヒドン大学へ短期派遣し,コンピュータ・マルチメディア教育の指導を行った。
1996年,「トレーラーにパソコンを数十台搭載してタイ各地方を巡回し,コンピュータ教育を行う」という Computers on
Wheels プログラム(コンピュータ移動教室)が,タイ国立サイエンスセンターと本学院の間で企画された。実施にあたり,1997年1月,学院より30台の32ビットノート型パソコンを寄贈し,教育支援のため本学院教員2名を派遣した。第1回の巡回教育は,バンコックのスラム街で行われた。この「コンピュータ移動教室」オープニングの式典で,本学院にタイ皇太子妃賞が授与された。
- ポーランド共和国への支援
1991年6月,ポーランド国民教育省にパソコン200台を寄贈し,同年11月,第1回ワルシャワ講習会を開催した。さらに,1992年2月,現地教員一行を本学院へ招き,第2回技術研修会を実施した。
現地教員達の本学院来校研修の際,一行と共にポーランド国民教育省副大臣が来訪され,“ポーランドにおける情報教育支援”の合意書がポーランド国民教育省と本学院との間で調印された。
ポーランドにおける学院の実績が評価され,学院のサポートを前提に,「ポーランド日本情報大学」がポーランド政府と日本政府間で設立され,1994年10月に開学した。本学院教員が,日本外務省JICA専門家長期派遣員として出向して大学開講準備に尽力し,同大学で教鞭をとり,その後,専任教員となった。本学院は,ポーランド側の要請を受け,この合同大学に対し,人的サポートのみならず,設備サポートを予定している。また,将来において,日本・ポーランド学生の交換留学等の交流が予定されている。
- ガーナ共和国への支援
1991年6月,ガーナ教育省にパソコン208台を寄贈し,8月に第1回アクラ講習会を開催した。
1992年2月,現地教員一行を本学院へ招き,第2回技術研修会を実施した。ガーナ教育省・ガーナ科学技術省のジョイント・プログラムとして,この計画は実行に移された。
1992年秋,寄贈パソコンはガーナ全土にわたる高校,専門学校20校に配置され,本学院が指導した現地教員によりコンピュータ教育がスタートした。
1993年1月,ガーナ全土における一般コンピュータ教育開始式典と祝賀祭に本学院がガーナ政府ゲストとして招かれ,ガーナ教育省より科学技術教育賞,ガーナ科学技術省より科学技術振興賞が授与された。式典中,ガーナ教育大臣は「このプロジェクトは野口英世の偉業に続くものであり,ガーナを次の時代へ向けて牽引する偉大な力になる」と述べ,本学院の功績が讃えられた。
1994年,ガーナにおける寄贈パソコン設置校でコンピュータを学んだ最優秀学生男女2名を本学院へ招き,特別研修を行った。
1996年3月,ガーナに国立青少年教育センターが建設された。ガーナ教育大臣の要請を受け,第2次支援として,国立コンピュータ・センター及び全国高等学校用として,本学院から16ビット,32ビットのパソコン計150台を追加寄贈した。ガーナ教育省はこれらの英語バージョンを作成し,第1次支援同様,全土にわたる高校に設置した。
- ケニア共和国への支援
1992年9月,ケニア共和国教育省に200台のパソコンを寄贈し,1993年1月,現地教員養成のための第1回ナイロビ講習会を開催した。さらに同年2月,現地教員一行を本学院へ招き,第2回技術研修会を実施した。
1993年12月,ケニア科学技術省次官より,「貴学院によるプロジェクトのおかげで,ケニア全土にわたるコンピュータ技術教育への第一ステップが開始された。これはケニアにおける地方と都市間の著しい教育格差の是正の一助となり,各地にコンピュータ・フィーバーをもたらした。引き続いての支援をお願いする」という継続支援の依頼を受けた。その後ケニア教育省との共同事業として第2次プロジェクトの検討をすすめ,1997年,新たに同志社国際中・高等学校と本学院の合同事業として企画が具体化し,1998年11月,Windowsデスクトップ,ノート型パソコン計140台の寄贈を含むコンピュータ教育支援を実施した。
これらは,ケニアの高等工業学校,高等学校の9校に配置され活用されている。
- ジンバブエ共和国への支援
1993年6月,ジンバブエ教育省にパソコン200台を寄贈し,1994年8月,ジンバブエのブラワヨで第1回講習会を開催した。このプロジェクトの現地実施は,NUST(National
University of Science and Technology)が中心となった。1994年11月にNUST学長 マクフラネ氏(Dr.
P. M. Makhurane)を代表とする15名の現地教員一行を本学院へ招き,第2回研修会を実施した。現在,寄贈パソコンはジンバブエ国内17の高校及びカレッジで,コンピュータ教育のため使用されている(マクフラネ学長よりの報告)。
- ペルー共和国への支援
1994年,平安建都1200年を記念して,ペルー教育省へパソコン200台を寄贈し,ペルー支援が実行された。このペルー支援では,フジモリ大統領の姪,イリアナ・フジモリ氏(MIT大学院生・情報工学専攻)が仲介の役を果たした。1995年1月,ペルー首都リマで第1回講習会を開催し,同年3月から4月にかけて現地教員一行を本学院へ招き,研修を実施した。寄贈パソコンは,十数校の高校でコンピュータ教育のため使用され,本学院に対し,ペルー教育省より感謝状が贈られた。
1999年11月,在ペルーJICAの要請を受け第2次支援として,ペルー日系人協会に対し,日系人ペルー移住100周年を記念して,日本語Windows95を搭載したパソコン43台を寄贈した。寄贈パソコンは,ペルー日系人協会施設内に設置され,情報化社会で欠かせないコンピュータに広く親しめる場として,日系,非日系にかかわらず広く市民に開放されている。また,2000年7月には,JICAによる同協会からのペルー研修員2名の研修派遣を受け入れ,特別指導を行った。この2名は帰国後同協会内で指導にあたっている。
- 中国,天津・西安・北京への支援
1996年6月より,本学院は天津外国語学院・西安外国語学院・首都師範大学と,順次姉妹校提携を結び,学院所蔵の日本語ベースのパソコンを50台づつ各姉妹校に寄贈し,中国人学生の日本語教育を支援する活動を展開した。中国では,日本への留学とコンピュータ技術を学びたいというニーズが非常に高く,本学院への技術留学が検討された。その結果,技術教育のためのコンピュータセンターを設置して,基本的なコンピュータ技術の学習を大学における日本語学習と併行して行い,所定の学力に達した学生を大学経由で本学院への留学を認めるというプログラムが天津外国語学院(大学)で企画され,1998年度より留学生を受け入れた。その後,天津において天津科学技術大学と提携し,同大学の中に本学院のカリキュラムに従って授業が行われるKCGクラスが新設された。現地2年間の履習の後本学院へ留学するというシステムであり,本学院からも数人の講師が派遣され授業が進められている。
- スリランカ民主社会主義共和国への支援
1995年,スリランカのアーサー・シー・クラークセンター(現代技術センター)と本学院との間で,スリランカ・コロンボを中心とする国立カレッジ高等部7校にパソコン計100台(8ビット 60台,16ビット 35台,32ビット 5台)を寄贈・配置し,コンピュータ教育の振興を支援することを決定した。これを受けて,1996年8月,すでにコンピュータ教育を実施している3校を選び,各校のコンピュータ教育主任3名を研修生として本学院へ招き,研修を行った。研修生の帰国と同時に上記パソコン100台を寄贈し,同年12月,コロンボで第1回講習会を実施した。このオープニング・セレモニーにおいて,本学院は,スリランカ科学技術省大臣から表彰を受けた。1997年,第2次プロジェクトが同志社国際中・高等学校と本学院の合同事業として企画され,1998年11月,Windowsデスクトップ,ノート型パソコン計93台の寄贈を含むコンピュータ教育支援を実施した。
次いで2002年7月,Windowsデスクトップ20台を追加寄贈した。寄贈式典では,これまでの支援対象校39校を代表して,2校のカレッジより教育賞の盾が贈られた。
- ブルネイ国への支援
ブルネイのSEAMEO VOCTECH(東南アジア教育大臣機構 職業技術センター)は,東南アジア地域における教育・科学・文化面の人材育成を目的として,東南アジア9ヵ国の教育大臣により,1965年に設立された国際機関である。日本政府はSEAMEOに対し,毎年,機材購入資金援助ならびに研修支援を行っている。
本学院はJICAの紹介を通して,1996年10月,SEAMEO VOCTECHと技術協力協定を締結した。1997年3月,ネットワークの講演のため講師を派遣し,また1997年10月から11月まで,SEAMEOからの研修生をボランタリーで受け入れ,コンピュータ技術指導を行った。
- マラウイ共和国への支援
1994年度より検討を進めてきた支援計画が,1997年に同志社国際中・高等学校との合同事業として実現化し,1998年11月,Windowsデスクトップ,ノート型パソコン計222台の寄贈を含むコンピュータ教育支援を実施した。
- ナイジェリア連邦共和国への支援
1999年8月,ノート型パソコン40台を寄贈し,コンピュータ教育支援活動を開始した。
- モンゴル国への支援
2002年夏,京都市国際化推進室より,モンゴル政府へのコンピュータ教育支援を依頼された。学院では,モンゴルの教育事情,プロジェクトの内容,実行機関であるモンゴルビジネス大学の理念などを検討し,その依頼を承諾。2002年12月にはインターネット用旧型コンピュータ40台,プリンター5台をモンゴル教育省に寄贈した。これを機に開設されたセンターは「オープン・ジャパン・センター」と命名され,開所式典が2003年2月26日挙行された。センターは,日本語教育とコンピュータ教育を目的に,一般市民に開放される。学院では2003年春より,当センターの教員2名を招聘し,技術指導を行う。
なお,今後もモンゴル政府と学院との協力の下,モンゴルのIT教育を推進することが合意されている。
- 総 括
以上の如く,このプロジェクトは,各国で次々と成功をおさめつつある。この成功のキーは,ハードウェアの大量寄贈と現地教員指導を一体化した企画の合理性にあることは勿論であるが,同時に本学院のこの自主的プロジェクトの意義を各国政府が理解し,積極的に推進する努力を惜しまなかったことに何よりも大きな成功の要因が存在していたと思う。
このプロジェクト展開の最初のハードルは,現地政府にリテラシーとしての一般情報教育の必要性をまず確認してもらうことにあった。プロジェクト発足当時は,どの国においてもコンピュータは,学術研究者,ビジネススペシャリストの領域のものだという固定観念があったからだ。この意識の改革を実現させれば,あとの活動展開は容易であった。その結果,プロジェクト対象国にとっては,初めて,リテラシーとしての情報教育のレールが敷かれるという教育行政上の歴史的プロジェクトになったのである。
一方,このプロジェクト遂行の過程で生まれた国際交流,国際親善は予期しないみのりをもたらした。この国際コンピュータ教育振興事業は,京都からの日本情報文化発信活動としての意義を含んでおり,現地に赴く学院スタッフ(本学院教員と学生)達は情報文化使節としての役割を担った。
1995年,本学院のアフリカ各国に対するコンピュータ教育振興事業が,現地政府や日本政府に評価され,JICAによるアフリカ6ヵ国14名の本学院での3ヶ月コンピュータ技術研修受け入れが実現した。以後,このアフリカ地域を対象にしたJICAプロジェクトは,その後9年間恒例プロジェクトとして毎年継続され,本年度も2003年1月より実施されている。
JICAプログラムはアフリカに限らず,タイ,メキシコ,サウジアラビア,ペルー等にも拡大され,これらの支援国からの研修生達は,本学院で各数ヶ月の研修に励んでいる。
われわれの目的は,広い層にわたる一般民衆への情報教育の普及,浸透である。科学技術教育の普及,振興こそは,他国に依存しない,自立した自国繁栄の鍵であるとわれわれは信じている。また,途上国にも,その真実性を確信してほしいと願っている。
ここ数年,マルチメディア,インターネットによる情報グローバル化が急速に進展しているが,21世紀高度情報化社会が実現,成熟するためには,広域にわたる多数のボトムへのコンピュータ浸透と,そこから生まれるボトム・アップの力が不可欠である。
さらに,地球全体が運命共同体としてIT革命に向かうべきで,先進国のみに限っていてはIT文明の健全な発展・成熟は期待し得ない。
このような観点で,本学院が世界に先駆けて実施してきた途上国へのグローバルなコンピュータ・リテラシーの普及,ボトムの力の養成は,来るべきブロードバンド,ユビキタス社会実現のベースをなすものであり,1989年からスタートし,継続してきた学院の海外支援は,21世紀先取りの意義を持っていたと信じている。
本学院の海外コンピュータ教育支援のボランタリー活動に,国内外を問わず,各企業,各教育機関の共鳴,協力,支援を願ってやまない。
*この国際コンピュータ教育振興事業は,ノンプロフィットのボランタリー活動である。さらに,このプロジェクトにおいて,各国へ寄贈したパソコンはすべて学院で使用済みのものである。また要した費用に関しては,学生の授業料を用いず,日本万国博覧会記念協会の現地機関に対する資金援助を中心に,日本ユニシス,東芝,NEC,日立製作所などの諸企業の援助,並びに民間の寄付を仰いで活動を進めている。