おひつじ・アルゴ船物語  戻る

  12の誕生星座の始まりはおひつじ座ですが,明るい星も有名な天体もなく目立たない星座です。また今はありませんが,ギリシア時代にはおおいぬ座の東南の空に壮大なアルゴ座という星座が描かれていました。しかし1750年ラカイユはこの大星座を,らしんばん座,ほ(帆)座,とも(船尾)座,りゅうこつ(龍骨)座に四分割してしまいました。そこには星の密度が高く,星雲・星団などもひしめいていて,夜空を眺める時には,やはり一隻の船として見たいものです。りゅうこつ座のカノープスはシリウスに次ぐ2番目に明るい星で,日本でも2月頃,南の空に低く見えます。中国では南極老人星という名がつけられ,見ると長生きできると言われてきました。りゅうこつ座ε,ιと隣のほ座δ,κの4の星とが一緒になって,にせ十字星を形作ります。近畿からは見えませんが,沖縄では地平線スレスレですから機会があればご覧になってください。図は3月末の那覇の南空です。矢印はシリウスとカノープスで,にせ十字は太線で結んであります(ステラナビゲータVer8で作成)。りゅうこつ座η星散光星雲NGC3372の中にあり,太陽の数百万倍のエネルギーを放ち,これまで見つかったうちではわが銀河系で最も明るい星と言われています。これまでも何回か爆発を繰返しており,遠くない将来,超新星大爆発を起こすかもしれないと言われています。
 おひつじ・アルゴ船物語はギリシア神話の凄惨な面を代表する悲劇で種々の文芸作品に取り上げられています。
 ギリシア北部のテッサリアフリクソスヘレという幼い兄妹がいました。二人は国王アタマスの子ですが,彼らの母ネフェレは離縁されてしまい,新たにやってきた妃イーノーに何かと邪魔者扱いされていました。ある年,この国は大凶作に見舞われ,王はゼウスの神殿にお伺いと立てると,フリクソスを生け贄にして捧げよとの神託が下りました。王は国の飢饉を放っておくわけにもいかず,やむをえず神の御告げに従うことにしました。実は凶作も神託もすべてイーノーが農民や神官を買収して仕組んだ悪企みだったのです。それに気づいたネフェレは二人のわが子を救うため,ゼウスに祈り,ゼウスもその願いを聞き届け,二人のもとに全身金色の毛が生えて,空を飛ぶことのできるお羊を遣わしました。兄妹を背中に乗せたお羊は,王の館を脱出し東へ東へ飛んでいきます。ところが途中であまりの高さに目の眩んだヘレは,海の中にまっさかさまに落ちてしまい帰らぬ人となってしまいました。その海はエーゲ海と黒海の境で彼女の名をとってヘレスポントス海峡と呼ばれています。妹を捜すこともできないフリクソスはそのまま飛び続け,やがて黒海の東岸コルキス国に着きました。彼はコルキスの国王アイエセスに暖かく迎えられ,その国で幸せに暮らしたということです。コルキスとは現在のグルジアに実在した国でギリシア人の植民地でした。フリクソスはゼウスとアイエセスへの感謝のしるしとして,その金毛のお羊を捧げ,毛皮はコルキスの宝として眠らぬ龍が守ることになりました。後にこの金の毛皮の奪いに,イアソンを首領とするギリシア人がアルゴ船に乗って襲来し,コルキスの悲劇が訪れることになります。
 アタマスやイーノーはそのままで,最も活躍したお羊はゼウスへの捧げ 物にされたというのは後味悪いですね。
 さてアルゴ船はギリシアのイオルコスの王子イアソンの率いる冒険船の名です。イアソンの父アイソンは弟ペアリスに王位を奪われ,幼いイアソンはケンタウルス族のケイロンに育てられました。成人になってから,王位を返してもらう条件として黒海東岸のコルキスにあるという金毛の羊皮を取りに行くことになります。イアソンはギリシアの若者50人を募って巨大な船を作って出発しました。その中にはヘルクレス,カストル,ポルックス,オルフェウスなど大型の勇士が多数参加しましたが,彼らはあまり活躍していません。アルゴ船は数々の困難を経てエーゲ海から黒海に入りコルキスに着き,イアソンはコルキス王に金毛の羊皮をギリシアに返すよう要求しますが,王はもちろん承知しません。それどころか無理難題を吹っかけてイアソンを殺そうとします。しかしイアソンに一目惚れした王女メディアの魔法の力を借りて龍より金毛の羊皮を奪って,さらにメディアをも奪ってギリシアへ帰還します。これでは勇ましい冒険物語というよりまるっきり略奪遠征記で,コルキスの王に同情したくなりますね。コルキス脱出の際にメディアは幼い弟を連れて来るのですが,父王の船に追いかけられたときに,この弟の体をバラバラに切り刻んで海に捨ててしまいます。英雄揃いのアルゴ船の乗組員もビックリ,声も出ません。コルキスの兵たちが慌てて遺体を捜し拾い集めている間にアルゴ船は逃げることができたのです。何と怖しいこと,でも自分を助けてくれたこの魔女と結婚せねばならない・・・イアソンは悩みます。帰路は嵐に遭い黒海からドナウ川を遡り,北海に出て大西洋回りで地中海に入ったようです。その間に多くの怪物や魔女の攻撃を受けたり極寒の島に漂着したり・・(長くなるので省略)・・やっと故国へ着きました。
 帰国後,イアソンは叔父ペアリスと王位を争いますが,そのときもメディアは夫イアソンのために,魔法の力で叔父を煮殺すなど数々の残虐な手助けをします。彼は王位に就いたものの,次第に妻に対し気味が悪くなり嫌気がさしてきました。さらにイオルコスの人々も彼を王とは認めず,二人を追放してしまいます。国を追われた二人はコリントスに住みますが,そこでイアソンは国王に気に入られ王女と結婚することになってしまいます。怒り狂ったメディアは国王・王女を虐殺し,さらにわが子も刺し殺し(でもイアソンは殺せない,すべては彼のためにやったこと),二人はその地から逃亡します。やがて別離した二人はともに不幸な晩年を送ります。メディアは一時アテネの王妃に収まりますが,テセウス(クレタ島の魔牛ミノタウロスを退治してギリシアをクレタから独立させた英雄)に追い出されて,最後に住み着いたところは後にメディア(ペルシアの北部あたり)とよばれるようになりました。
 一方,老いたイアソンはひとり諸国を放浪の末,とある入江につながれた廃船アルゴを見つけました。「お前も年をとったなぁ。」イアソンは懐かしそうに船端をなで,曲がった腰を伸ばして船上に乗ったところ,船は老人一人の重みにも耐えられず,ギーギーと音をたて崩れ落ちていきます。イアソンは朽ち果てたアルゴ船の破片に囲まれ,数々の冒険を思い出しながら,寂しくその生涯を閉じるのでした。