ふたご座物語  戻る

 早春の代表的な星座であるふたご座は12星座の中では最も北にあるため非常に見やすく,ギリシアや日本ではほぼ天頂を通ります。名前の由来はカストル(α星)とポルックス(β星)という2つの明るい星が並んでいるためで,ポルックスのほうがやや明るく,そして赤味を帯びています。もちろんこの2つの星は同じ方向に見えているだけで,お互いの関係はありません。
 ギリシア神話ではこの2星は双子の兄弟とされています。矢を持っているのが兄カストルで,なんとこの2人は卵から生まれました。でも鳥や魚の子ではなく,神と人間の間に生まれたのです。ある日好色の大神ゼウスは水浴びしているスパルタの王妃レダに魅せられて白鳥の姿になり,この美女に近づき誘惑しました。月満ちてレダは,大きな卵を2つ産みます。その1つから双子の兄弟カストルとポルックスが生まれました。2人は仲のいい兄弟で,長じてカストルは剣の,ポルックスはボクシングの名手になりました。カストルはケンタウロスのケイロン(いて座)から乗馬も習っています。一緒にさまざまな冒険をしましたが,その中にはイアソンのコルキス遠征の参加も含まれます。
 ところがある日,獲物の取り合いでいとこ達と争い,カストルは命を落してしまうのです。ポルックスは兄の亡骸をかき抱いて,一人で生きていくより,いっそ一緒に死のうと剣や矢で自分の胸を刺しますが,どうしても死ねません。カストルは人間である母レダの血を引いていましたが,ポルックスは神である父ゼウスの血を引いていたからです。ポルックスは苦しみに耐えかねて,父神に自分の命を奪ってくれるよう訴えます。ここでゼウスはカストルを蘇らせるべきなのに,なんとポルックスの願いをそのまま聞き届けてしまうのです。嗚呼,なんという父親でしょうね!結局2人とも星になったというお話です。
 さて,もう一方の卵からは双子の姉妹ヘレネとクリュタイメストラが生まれました。ヘレネは絶世の美女となりますが,神々の気まぐれがもとで,彼女の争奪をめぐって全ギリシアとトロイが10年間も空しく戦い続けるトロイ戦争(これは史実)という大事件が起っています。 このお騒がせの大神である白鳥は夏の夜空ではくちょう座になっています。

中西久崇作 クリック拡大  α星カストルを望遠鏡で眺めてみると2つの2等星A,Bに分れて見えます。この2星よりやや離れて赤い9等星があり,これもカストルのメンバーでCと呼ばれています。ではカストルは三重連星,いやこのA,B,Cの3星それぞれがまた連星で,結局カストルは六重連星,双子ならぬ六つ子なのです。これは現在知られている多数の星々の中で最も複雑なシステムです。
 一般に2個の星は安定した公転運動を続けますが,数個の集団は不安定なもので(人間社会と似てますね),いつかは解散してバラバラになっていく運命にあります。現在のグループメンバーとしての姿はかれらの生涯の一断面に過ぎないのでしょうか?いや,カストルの星々の配置や運動は基本的には2個の星から成る普通の連星の場合と同じで,それぞれが勝手に動いているわけではありません。かれらの社会は安定なペア単位より成り立っていて結束は堅いようです。

 1972年ポルックスの足元に全天で2番目に明るいγ線天体が発見され,ジェミンガと名付けられました。ジェミンの正体は超新星残骸で,約300光年の彼方にあります。これはこれまで知られているうちで最も近い,したがって最も明るい超新星です。かに星雲(おうし座)超新星は出現時(1054年7月)には昼間でも見えたと言われていますが,この超新星はそれどころではなく,その1000倍すなわち満月くらいに輝いたはずです。爆発は約30万年前と推定され,当時マンモスやサーベルタイガーと共存していたなんとか原人は数ケ月にわたって夜の暗さを忘れてしまったでしょう。